木偶坊の美探求流浪記 そして酒場と食と人を求めての旅


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百丈山石峰寺<京都府京都市伏見区>

説法場-五百羅漢と若冲-

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羅漢参道赤門
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総門の扁額「高着眼」
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本堂の扁額「石峰寺」
「石」の文字の中に「点」が書き加えられている。やはり文字造形と空間性の表れかと推測するが、この点があることにより安定感を保っている。もちろん下方から扁額を見ることを察してのことである。

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百丈山石峰寺は宝永年間(1704年-1711年)に黄檗宗萬福寺(宇治市五ヶ庄)の第六世千呆性侒(せんかんせいあん)禅師により建立された禅道場が始まり。本堂裏の竹林に並ぶ静寂した「羅漢石仏」がある。羅漢とは釈迦の説法を聞き世人より供養される者を言うのであるが、釈迦入滅後その教えを広めた数多の賢者を賛嘆する意味で宋・元時代以後より五百羅漢の製作が見られる。日本においても室町時代以後この五百羅漢の作成が見られその表現は虚飾のない表情の中に豊かな人間性と美を秘めている。石峰寺の五百羅漢は若冲が磊落(らいらく)な筆法にて下絵を描き、石工に彫らせたもので釈迦誕生より涅槃に至るものを中心とし、諸菩薩、羅漢を一山に安置したものである。230年余りの風雨を得て丸み、苔寂びその風化に伴う表情や姿勢に一段と趣きを深めている。

伊藤若冲(いとうじゃくちゅう 1716年-1800年)
江戸時代中期の画家。光琳派より栄・元の古画を学び後写生を基礎として専ら動植物を描き特に鶏画家として名を馳せた。京都の青物問屋に生まれ彼は仏教とくに禅への並々ならぬ傾倒を示し、30歳代半ばより相国寺の大典禅師に参禅、若冲居士の号をえてからひたすら禁欲僧のような生活を守り生涯独身をを貫き、子を残さなかった。晩年隠棲者として石峰寺の古庵に住み米一斗に一画を報い、斗米翁として寛政12年9月10日85歳の生涯を閉じた。


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若冲の墓
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書家貫名海屋(ぬきなかいおう)の揮毫と撰文の筆塚である。

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先日の新聞に若冲の障壁画で花丸図の修復が終わり絢爛な美の世界が蘇った。素晴らしや若冲殿。
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by sanmu39 | 2009-09-18 16:00 | 日本古禮の旅 | Comments(0)