木偶坊の美探求流浪記 そして酒場と食と人を求めての旅


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<   2008年 11月 ( 9 )   > この月の画像一覧

東上野界隈<東京都台東区>

東上野コリヤン街・キムチ横丁
焼肉やキムチのにおいがする街。とても落ち着く場所である。本場韓国の家庭の味が味わえる場所でもある。今、日本の「おふくろの味」を味わえる「場所」が無くなりつつある。しかし異国の異文化の味がここ東上野では味わえるのである。今回は食事をとる時間がなく風景やまったく違うが、気にいった文字看板をアップした。次回は必ずおいしい焼肉やキムチ、そしてお母さんたちを紹介する。
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この露地空間がたまらなく好きである。用もないのに吸い込まれてしまうように散策してしまう。横丁はこうでなければならない。なぜならば、酒を飲み千鳥足で歩く際、左右の壁に助けられる横幅なのである。
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「満奈多」鉄を加工して文字にしているが、やさしい線質で表現している。
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「のんべい」いい平仮名の字の看板である。
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「鮨百萬石」書体は金文である。看板に金文を使うのはなかなか勇気がいる。デザイン性が優先して、読めないのである。
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「瀧澤薬局」懐のある太い線でしっかり鎮座している文字である。また年代を感じる裸電球に四季に耐え抜いた古い看板である。
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「古城」昭和38年創業で、全国に広がるお城系の喫茶店の聖地ともいえるのがこの店である。昭和のよき時代の名残りで「高級喫茶」がついているのがいいものだ。
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by sanmu39 | 2008-11-28 16:53 | アートの旅 | Comments(0)

上野<東京都台東区>

上野の薫り~不忍池界隈~
上野は奥深い町である。歴史と文化が混在している粋の薫りが漂っている。
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「心正堂」絵画・書道具店で、高田竹山筆による。「正」の4画目で三文字全体のバランスを保っているのが素晴らしい。ここの屋号は「心正しければ筆自ら正し」の言葉より幕末の功臣・山岡鉄舟が名付けた。
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「守田寶丹」守田寶丹筆による。以前会津路での金看板で紹介したが、詳しくご紹介する。
上野池之端の中通り(鈴本演芸場右手)を入り、中程右側にある8階建ての比較的新しいビルで「守田寶丹」屋号が掲げられている。
守田寶丹(1841~1912年)はこの「守田治兵衛商店」の9代目当主である。
「寶丹」は、文久2年にコレラの予防薬として発売された薬の名で、9代目は自らの名として用いた。この薬は明治4年に官許第1号の公認薬となり、万能薬として日清、日露戦争では軍の必携薬となった。その後改良され、今でも胃腸薬として売られている。寶丹は、商才にも長けた人だったらしく、広告、宣伝に目を瞠る活動をしている。看板やチラシはいうに及ばず、新聞広告にはじまり、400号にも及んだPR誌「芳譚雑誌」を創刊、 はたまた歌舞伎の上演中に役者に「寶丹」といわせたり、「寶丹」宣伝の為に古典落語「なめる」を創作させて噺家に口演させたりと、今でも通用しそうなアイデアを明治期に実行しているからすごい。広告業の先駆者とも言えそうである。寶丹書の大胆な造形と筆法は、こうしてみると、いかに人目を惹き、見るものにインパクトを与えるかということを出発点としているようにも思える。伝統書法の超克をめざした現代書家とは、自ずから異なる地平に寶丹は立っていたのであろう。それはまた、自由奔放な書風を生む土壌でもあった。寶丹は、明治25年に家督を譲り、隠居後は静松園長禄翁と称した。本駒込周辺の碑は、年号から見て隠居後のものである。このころ、寶丹の書風は商家の 看板としても人気を博し、将棋の駒の書にも重用されたという。
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「堺屋 和洋酒食料品」書体は篆書である。もともと篆書はデザイン性があり今なおスタイル美ある書体である。建物自体も昭和初期の建物である。
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「喜屋」書体は隷書である。また息の長い緩急のある線である。
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「蒲やき伊豆栄」鰻やの老舗
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「十三や清八」櫛やで、江戸時代のもので初代は元文元年(1736年)金子清八が開業した。何ともあじわいのあるゆったりした文字の線と扁額彫り師の手仕事の素晴らしさを感じる。
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「蓮玉庵」創業安政六年、創業者の信州出身の窪田八十八が不忍池を眺め、蓮の葉の上にある玉のような蕾にちなみ「蓮玉庵」と名付ける。看板は久保田万太郎筆によるものである。蕎麦やらしい細くしなやかな線の看板である。

上野界隈はスローでありながら、日本各地からの人の賑わいがあり、またどこか不忍池の蓮の花のようである。
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by sanmu39 | 2008-11-26 17:26 | アートの旅 | Comments(0)

日本橋<東京都中央区>

日本橋の息づく看板散策

日本橋界隈の素敵な看板の紹介
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「有便堂」(ゆうべんどう)は明治維新と共に新たな日本の書の歴史の幕を開いた明治三筆の一人で日下部鳴鶴の揮毫によるもので、明治後期に書かれたものである。
有便堂は日本画、水墨画、書道の材料専門店の老舗 東京都中央区日本橋室町1-6-6
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「冨江洗心堂」
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「鳥萬」
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時代を感じる建物でもある。
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「鰹節 大和屋」
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「はし本」
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「酒蔵美少年」
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「ざくろ」
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「歯科」

句碑を発見
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芭蕉の句碑
この辺りには老舗が多い。その一つに「日本橋つくだ煮鮒佐」がある。古くは谷崎潤一郎や、今も井上ひさし氏、俳優の渡辺文雄や柳家小さん師匠など鮒佐の佃煮のファンだそうだ。
「つくだ煮鮒佐」の脇に芭蕉の句碑がある。
「発句也松尾桃青宿の春」
芭蕉は、寛文12年(1672年)29歳の時故郷伊賀上野から江戸に出た。以後延宝8年(1680年)37歳までの8年間、小田原町(現室町1丁目)に住んだ。芭蕉の生活を支えた杉山杉風(さんぷう)も「鯉屋」の屋号で幕府御用の魚問屋を営み、本邸は小田原町にあった。当時「桃青」と称していた芭蕉は延宝6年(1678年)には俳諧宗匠として独立する。その翌年(延宝7年)の正月、宗匠としての心意気を詠み上げたのが、この句である。
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by sanmu39 | 2008-11-12 07:27 | アートの旅 | Comments(0)

日本橋<東京都中央区>

江戸日本橋逍遥

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「日本橋」
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日本橋は東京都区部の道路元票があり、日本道路網の始点である。また日本銀行本店や東京証券取引所がある金融街や商業施設の老舗、高島屋や三越が立地している。
今は築地にある魚市場は、昔は日本橋に魚河岸があったのである。
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by sanmu39 | 2008-11-11 07:17 | アートの旅 | Comments(0)

上野公園<東京都台東区上野>

鑑賞眼

東京国立博物館にて大琳派展(平成館)とスリランカ展(表慶館)を鑑賞した。
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江戸時代の芸術家・尾形光琳(1658~1716)生誕350年にあたる。大琳派展「継承と変奏」
見所はやはり風神雷神図である。俵屋宗達(生没年不詳 - 慶長から寛永年間に活動)の筆となる屏風画が原画であるが、その代表的な繊細的な模写の作品が尾形光琳、尾形光琳の模写を酒井抱一(1761~1829)が、酒井抱一の模写を弟子の鈴木其一(1796~1858)が、描いた。この作品が一堂に会する凄みは必見であり、各先達の模写の狙いと意図を探れる楽しさがある。
仕方ないのだが、直見ができないのが残念である。岡本太郎が生前に「作品は直に触れてみないと息を感じないんだよ」と言っていた。その通りに当時は岡本太郎作品に触れて感じることができた。

また、スリランカ展では紀元前3世紀から16世紀のキャンディ時代そして20世紀までの仏像やヒンドゥー神像、仏具や、美しい宝石をふんだんにあしらった宝飾品など、国宝級を含む約150件におよぶスリランカ美術の粋を一堂に拝見した。神秘的な如来像や菩薩像には心癒された。また私的ではあるが拙者の伴侶そっくりのアプラサス像(天女)があり、前世はスリランカ人だったのか?と思わせる逸品であった。
これは一度スリランカへ行かねばならぬ!インド経由で計画してみよう。

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余韻で象を観察したくなり、上野動物園に何十年ぶり?に入園した。
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上野五重塔(寛永16年・1639年築)
幕府の実力者・土井利勝が寛永8年(1639年)に建築して寄進したが、寛永16年に花見客の失火により消失するという事態に見舞われ、その年のうちに再建した物。元々は上野東照宮の五重塔だったが、明治の神仏分離によって寛永寺の帰属となり、戦後は東京都が管理し、現在は上野動物園の中にある。

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「国立科学博物館」スタイルのよい篆書である。

上野公園内にはまだまだ歴史を感じるものが沢山あって鑑賞眼を養える場所である。
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by sanmu39 | 2008-11-08 08:57 | アートの旅 | Comments(0)

浅草<東京都台東区浅草>

浅草の昭和

浅草での寄り道は結構ディープである。なぜなら浅草人のにおいを感じる店が多いからだ。
今回はその中でも下町らしい食の堂にご案内する。
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神谷バーは老若男女が三々五々、電氣ブランを求めてくる下町の社交場。電氣ブランは明治15年(1882年)に誕生し、大正、昭和、平成と人の心に生きつづけてる旨い一杯である。もちろん店内ではよろこんでの合い席である。合い席だからこそ「袖触れ合う縁」を感じる下町酒場なのです。
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「デンキブラン」アルコール30度でベースはブランデー、ワイン、ジン、キュラソ、薬草などがブレンドされている。

洋食屋ヨシカミ
昭和26年創業の「うますぎて申し訳けないス!」で有名な洋食屋である。11時45分開店であるが、11時過ぎにはすでに列を成していた。ここの店はコックスタッフ12名全員男性であり、コック服でレジや案内をしている。
拙者的には洋食ヨシカミの素晴らしいところは接客対応がまず素晴らしい。複数人で別々の注文をしても手際よく一緒に食卓に出せるよう厨房スタッフがオーダーの確認や順番の確認で声をかけたり、オーダー表をチェックするチーフがいる。料理屋の厨房といったら黙々と調理をする職人気質であるが、まったくなく家族的な雰囲気で調理している。また各人の無駄のない動きには流麗さがあり感動である。
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撮影許可をいただいている。
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「コンビネーションサラダ」
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「オムライス」
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「カニグラタン」
旨すぎてまいった。
浅草にはまだまだ聖地なる食堂が沢山ある。浅草を訪れた時には別な角度から食の堂を紹介する。

浅草公会堂前にて
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緒形拳手形。グローブのような手をしていることから「拳」と芸名がついたくらい大きいと生前申していた。しかし拙者の手と比較してみたら同じ大きさであった・・・。
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北野武ではなくビートたけし手形
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by sanmu39 | 2008-11-07 07:44 | アートの旅 | Comments(0)

浅草<東京都台東区浅草>

浅草逍遥

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風雷神門
浅草寺は東京都内最古の寺院で、山号は金龍山。昭和35年(1960年)に松下電器創設者、松下幸之助が門及び大提灯を寄進し、現在の風雷神門が再建された。
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浅草寺の山門「金龍山」
浅草寺境内
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「浅草寺」
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籠文字の「小舟町」
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勘亭流の「志ん橋」
浅草寺界隈のあじのある看板たち
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浅草「ロック座」浅草六区は歓楽街。
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「蔦屋袋物」
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「浅草いづ美」
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「文扇堂」
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「東南屋(たつみや)」
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「つくだ煮」
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「梅乃屋」
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「志ぶや」ここの居酒屋の料理は全て非の打ち所がなく、旨い。
浅草の飲食店の良いところは「合い席」が今なお残っている街でもある。
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by sanmu39 | 2008-11-06 07:45 | アートの旅 | Comments(0)

新橋の街<東京都港区新橋>

新橋のにぎわい

まずは、いい看板たちを紹介する。
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「能登治」
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「自由軒」
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「野焼総本店」
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「雑魚」
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「大友」
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手書きで味のあるのぼり旗
また、新橋の看板を散策すると以外のも平仮名の名前が多いのに気がつく。
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今日の寄り道はここ「魚金」いい字の看板である。
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12品の刺し盛りで1,980円。安い、そして旨い。それもそのはずで毎日築地に旬の魚を仕入れてるからだ。
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メニューにはなかったが、アジ刺しが旨かったので刺身で頂けるアジフライをお願いした。やわらかくてやはり旨い。そして安い。
新橋はサラリーマンにとってお財布にやさしく、ストレス発散の聖地なのである。
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by sanmu39 | 2008-11-05 08:03 | アートの旅 | Comments(0)

古梅園を訪ねてその弐<奈良県奈良市>

墨は生きている

墨は磨り下ろして生きる。
古い墨は何十年何百年前の職人の掌を感じながら摩り下ろす。ストイックではあるが、心と体の精神が融合し、墨の中に入ることができるのである。

古梅園貯蔵の古墨を見せていただいた。古墨とは前段でもふれたが、膠が枯れて墨が落ち着く。画仙紙にもよるが筆で書くと枯れた墨が水分と煤に別れエッジによって表現でき、古墨の色をなす。

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「金菊御紋墨」寛政元年寒製(1789年)江戸時代
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「霞光墨」文久2年寒製(1862年)江戸時代
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「墨鎮蒔絵墨」享和2年寒製(1802年)江戸時代
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「延喜式墨」正徳3年寒製(1713年)江戸時代
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「書記墨」天明5年寒製(1785年)江戸時代
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「古松墨」元禄6年寒製(1693年)江戸時代
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「図南鵬翼(となんほうよく)」いい字である。(※いい字とうまい字は違う。いい字は観ていて飽きない。そして作者の心を感じる。うまい字は観続けると飽きる。そして作者の欲が映る。)意味は大きな志のたとえ。「図南」は南の海(南冥なんめい)に行くことをはかる意。「鵬」はおおとり。
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by sanmu39 | 2008-11-03 10:09 | 墨の造形 | Comments(0)