木偶坊の美探求流浪記 そして酒場と食と人を求めての旅


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宇ち多゙<東京都葛飾区>

下町の粋な酒呑み
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ここ京成立石の宇ち多゙には食の藝術、一升瓶焼酎注ぎ手の藝術があった。
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まず食の藝術だが豚を知り尽くし、仕入れは鮮度を優先する店である。食べ方はボイル、焼き方そして塩、タレ、みそ、お酢などで食材を引き出している。メニューには焼きとんとしか書かれていないが、焼き方には素焼き、なま、塩、みそ、タレがあり焼き具合には若焼き、普通焼き、よく焼きがある。お好みでお酢入れをいうのである。煮込み、タンなまは最高のトン藝術である。注ぎ手の芸術は一升瓶を抱えながら常に注ぎまわり目配りや注文を張りのある声で通し、常に店の外でウェイティングしているお客を店内に誘導しながら捌いている姿は酒場の藝術である。そして客は皆、下りモノのを当てにしながら笑談しているようだ。
余談ではあるが「下りモノとくだらない」とは
江戸の前期時代は酒に限らず、また上方の方が文化、技術に優れているモノが多くこうしたモノなどは上方から江戸に下ったので優れているモノや高級品を「下りモノ」、そうでない地物などを「下らないモノ」といった。このことから粗悪品や取るに足らないモノなどを指して「くだらない」という
ようになった。後期には江戸の文化や製品は京阪に遅れを取らなくなったが、酒だけは最後まで下り酒にかなわなかったようだ。
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by sanmu39 | 2009-05-30 08:28 | 酒場と食と人 | Comments(0)

<東京都中央区日本橋>日本橋高島屋にて

画家片岡球子103歳まで貫かれた一生
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片岡球子1905年1月5日に生まれ2008年1月16日に亡くなった。1世紀以上を生き100歳までは絵を描きそのあいだに残した仕事の質と量を見ると、稀有な画家として色濃く記憶される。人生の節目ごとに新しい画題を選ぶことで自らを奮起させていたようだ。
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型破りな構成、大胆な色使いにより一部の人々から「ゲテモノ」とも揶揄され思い悩むが、小林古径は「今のあなたの絵はゲテモノに違いないが、ゲテモノと本物は紙一重の差だ…。あなたの絵を絶対に変えてはいけない…」と励ましたという。球子は「美しく描くことが全てではない」と信じ自分の信念に従った創作を続け、従来の日本画の概念を揺るがすような力強い表現を確立。「面構(つらがまえ)」・「富士山」シリーズでは特に高い評価を受ける。1982年(昭和57年)からは裸婦の「ポーズ」シリーズにも取り組む。また歌舞伎俳優・4代目中村雀右衛門と交流があり、有名な助六の揚巻の内掛けの墨絵も手がけている。一貫した絵画への情熱、そして生き方は素晴らしいものである。


こよなく愛するバーがウイスキーヴォイスの表紙を飾る

先日、間口氏より葉書を戴きトリスおじさん現ると書かれてあった。その謎が解明した。
柳原良平氏がロックフィッシュに現れ、サントリー2009年春35号の表紙を飾ったのであった。
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トシスおじさんの紹介をしてみよう。正式名称はアンクルトリス、壽屋(サントリーの前進)のトリスウ井スキーが1949(昭和24)年に発売となり、1958(昭和33)年に開高健のキャッチフレーズに柳原良平のイラストという名コンビで TV コマーシャルで一世を風靡した。その後は高度経済成長期、経済白書の「もはや戦後ではない」の言葉に象徴されるように、人々の暮らしはどんどんよくなっていった。こうした動きにあわせて、盛り場にはトリスバーが雨後のタケノコのように姿をあらわしはじめる。手ごろな値段でハイカラ気分が味わえるトリスバーは、仕事を終えたサラリーマンたちがほっとひと息つくための「とまり木」として、日本の洋酒時代を拓く原動力となっていったのである。

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先回もお伝えしたが、間口一就氏の作る「藝術ハイボール」は心地よい「宵と酔い」を与えてくれるモノである。余談であるが先日、上様を連れて行った。彼女もロックフィッシュの空間のとりこになってしまったらしく、着座せず立飲みスタイルでハイボールを戴いていた。ちなみに上様とはかみさんのことである。
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by sanmu39 | 2009-05-28 07:39 | アートの旅 | Comments(0)