木偶坊の美探求流浪記 そして酒場と食と人を求めての旅


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<   2010年 08月 ( 7 )   > この月の画像一覧

生命

La Vie
生命(inochi)孤高の画家 吉田堅治

2009年2月、パリのアトリエで、ひとりの日本人画家がその生涯を閉じた。
吉田堅治、84歳。金箔や銀箔を配した輝く色彩と大胆なフォルム。
ほとんどの作品のタイトルは“La Vie”(いのち)。
欧米では“魂の画 家”と呼ばれ高い評価を受けてきた吉田だが、日本ではその存在はほとんど知られていない。

吉田の絵の原点は、20歳で志願した海軍航空隊での体験だ。神風特攻隊の訓練生として死と隣り合わせ生活を送ったが、出撃直前に終戦。戦後、吉田は戦友たちへの鎮魂のために黒一色の絵を描き続け、“生命”の大切さを絵で伝えることこそが自分の使命だと、40歳で単身渡仏する。

当時は
「黒は光を吸収する色、
 白は光を発散する色、
 この二つが究極にある。
 その両極を見極めたとき
 初めて様々な色の意味を位置づけることが出来る。」
そう吉田は考えた。

66歳のとき妻が亡くなり、モンパルナスの墓地に埋葬。
「死んでも心に生きる妻を想う時、生と死の境がなくなった」という。
戒名の「釋蒼空 釋尼華雲」という文字に彼女への愛の魂を感じる。
「生と死の一体 
空気のように実態は見えないが存在する」と悟ったようだ。

西洋の“祈り”との出会い、中東への旅。ほとんど帰国することなく常に“生と死”の意味を問い続けた吉田が最後にたどりついたのは、金箔銀箔を使った輝きの世界だった。晩年には英国カンタベリー大聖堂などで、金銀の抽象画と般若心経を組み合わせた“世界平和への祈りの空間”を作るなど、現代美術のひとつの到達点として賞賛を浴びた。




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金箔で描いた繭(まゆ)の形が浮かぶ絵は、妻寛子さんを描いたという。
背後の青い空は吉田。
その絵は今だパリの寝室に飾ってある。


お会いしたかった。素晴らしい人、La Vieを考え続けた藝術家。
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by sanmu39 | 2010-08-30 08:19 | 人間の旅 | Comments(0)

<中央区銀座>

足算の世界

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賞を持ち去ってしまう犯人。ラルフ・シュライフォーゲル展が銀座のギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)





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スイス・チューリッヒを拠点に既成の枠にとらわれず活躍するグラフィックデザイナー、ラルフ・シュライフォーゲル。グラフィックデザイナー、教師、そしてポスター作家である彼が1年間に制作するポスターはほんのわずかですが、そのポスターは常に視覚表現におけるあらゆる可能性が試みられ、緻密で繊細な1枚1枚がセンセーションを巻き起こし足算の世界である。





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東京での初の個展となる今回の展覧会では、チューリッヒ文化省主催のすぐれた旧作映画を上映する映画館「Filmpodium」(フィルムポディウム)の映画イベントポスター、チューリッヒ・デザインミュージアムの展覧会ポスターなど、彼が最も力を注ぐ文化関連施設のポスターを中心に約50点、一堂に展示されてある。





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人を引き寄せる力、考えさせる空間が勉強になった。





では
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ライオン銀座七丁目店ビヤホールへ。





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111周年





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本日の気温37度。





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ビールの藝術の世界へ





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エビス樽生中と小。





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サラダ





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ポテト





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右→プレミアムホワイト白穂乃香(しろほのか)
左→サッポロ生ビール
ホールは涼しく、ビールが旨い!ごちそうさまでした。
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by sanmu39 | 2010-08-24 08:00 | アートの旅 | Comments(0)

<渋谷区渋谷>

フライング・・・


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お初の青山の立飲み「なるきよ」へ・・・JR渋谷駅から猛暑の中、宮益坂を登り10分位でお目当ての立呑み酒場へ着いて、17時過ぎに伺った・・・。
あっさりと・・・18時からですと店員さんに言われた。





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暑さに耐え切れず、渋谷駅へ戻りいつもの「富士屋本店」へ。





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上様はへばったらしく椅子を探していたが、立呑みであるから有るわけないのだ。





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でも、紅一点であったことに満足したらしい。ほぼドカチンやサラリーマン、近所?のご常連さんたちで賑わっているのである。





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いつもの肴で。






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入り口階段脇に飾ってあった。最近この手のモノを観ていないな。演劇かあ(Bunkamaruシアターコクーンにて)。
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by sanmu39 | 2010-08-19 11:40 | 酒場と食と人 | Comments(0)

<港区六本木、中央区築地>

素朴、質素、こどもごころの現代アート

久しぶりに六本木ヒルズへ。
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目指すは六本木ヒルズ森タワー53階森美術館。
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現代アート自然知覚力屈指の吉岡徳仁、篠田太郎、栗林隆によるネイチャー・センス展。
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好きだな!会場そのものをアートにし、体感でき、考えさせる現代アートである。
「素朴、質素、こどもごころ」がある作品である。活かしたいものだ。


展望台へ。森タワー53階展望台250mから一望。

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東京タワー(333m)
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東京スカイツリー(2010年8月17日現在418m)

築地の食の堂

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築地市場場内の魚がし横丁「米花」。
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お店のジローさんは凄い人。英語、ポルトガル語、中国語、韓国語と様々な言葉を巧に話すので外人のガイドブックに掲載されており凄い。
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鰻丼はやわらかくトロトロであった。旨かった。
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上様は海鮮丼。
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by sanmu39 | 2010-08-17 14:36 | アートの旅 | Comments(0)

気仙沼人情の旅

気仙沼おじゃまの旅

気心の合う人生の先輩であり兄(よく兄弟に間違えられる)であり友人である佐藤大作さんご夫婦と一緒に上様念願のおじゃまの旅をしてきました。
すっかりお世話になりました。
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まず気仙沼赤岩にある高前田乾隆窯の斎藤乾一氏を訪ねた。
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今から3年前に仙台で二人展をさせて頂いた斎藤乾一さんである。
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山里の自然溢れる場所に窯元があり、登り窯で焼いた陶器は自然と一体化している。

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大作さんの親友である斎藤圭介さんにお世話になった。所有の鮪船である。
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夜は珍味である刺身、もうかの星(サメの心臓)、
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マンボウの刺身(腸)、
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そのほかメジ鮪、ホヤ、カツオなどなどをワイン片手にいただいた。皆新鮮で圭介さんご馳走様でした。

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翌日は気仙沼湾にある気仙沼市場でセリの様子や
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カツオの水揚げ(一本釣りや延縄)の様子を堪能した。

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唐桑半島の東側にある岬。巨釜・半造に大理石の「折石」と呼ばれる石柱がある。唐桑半島の最南端にある御崎は太平洋の荒波が豪快に打ち寄せる勇壮な景観が見れる。
上様が一番たのしかったようです。
大作さん、恵美子さんありがとうございました。
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by sanmu39 | 2010-08-10 08:18 | 人間の旅 | Comments(0)

日本一落着く酒場「さきと」

さきと

舞鶴(福岡市)の「さきと」の松本さんから暑中見舞いが届いた。
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上様と昨年夏に伺ってから早一年が過ぎようとしている。
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電話でご無沙汰のご無礼を報告し、美術鑑賞に託け訪問したいものだ。
あのゴマ鯖が恋しい・・・。

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昨年の夏に大将ご夫婦と一緒に。
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by sanmu39 | 2010-08-09 08:03 | 酒場と食と人 | Comments(0)

I believe

「本物に近道なし」
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人生の岐路に立ったなら、普通の人は楽なほうを選びなさい。
でも自分が藝術家になりたいなら危険なほうを選びなさい。
中途半端な人間でなければ、中途半端な金はつかまない。
精気を使うところは自分の中に。
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中川一政氏(洋画家・随筆家)が生前こんなことを論じてた。
坊さんの書は手筋を論ずる暇がない。いきなり人の心をうって来るものがある。
書に興味があったら誰でも書いたらよい。私はその見本である。そこに居直って度胸が出て来るのである。私は自分の書がうまいと思っていない。画だってそうである。自分の書がうまいと思い出したらその時から堕落がはじまる。鼻持ちならない字になると思う。手筋が悪くては至らないもどかしさが付きまとうが、手筋が良ければ行き過ぎて堕落する危険がある。
山に登るに登りつめれば今度は降りるばかりである。七、八合目を喘ぎながら登っている時に人間に油断はない。登った途端に油断が出て来る。
上手でも下手での字を生かす道は一つである。筆端に気力を集中するというただ一つのことである。人を羨むこともなく、自分を卑下することもない。素直な気持ちになることがはじめ。先ず書いてご覧なさい。書を習うに書くばかりが能ではない。昔から名蹟をいつも見ることだ。自分がいい字だなと感動するものにぶつかる。その感動は彼方にあるのではなく此方にある。
筆をもって臨慕(りんぼ)するばかりが勉強ではない。心慕手追(しんぼしゅつい)という文句があるのだから古人は絶えず空にも書いていたのだ。
書には熟書と生書があるというが熟書とは臨慕して得る。生書は心慕手追で得る。
書家はどうしても熟書を心がけねばならない。我々は生書のほうを心がけている。
字すなわち、すぐその人が出る。その人の力量だけ、その人の性質だけのものは出るわけだ。いばったって駄目だ。見る人が見ればみな見え透いてしまう。飾ったって駄目だ。嘘をついても駄目だ。
無心にその人の力量だけの力を出していけばよい。そういう素直な心が出るだけで書はたのしいのだ。
良い字をいつも見なければいけない。「見るとは目で触って見ることだ」。こうして目が進む。目が進めば自ら手もついて来る。
昔から「格に入って格を出でよ」という言葉があって、この言葉に道理があるので、皆引っかかる。しかし格に入って格を出るということは大変難しいことだ。忠実になればなるだけ格から出られなくなってしまう。これは難行道で、力量がある人だけに云う言葉だ。手近なところを見ればいい。
師匠についた人は師匠どおりの字を書いている。自分の字の影も形もなくなった程合が上達と思っている。師匠が悪い。師匠に似れば似るほど自分から遠くなる。勉強をしているつもりで、勉強から反対の道へ行ってしまう。坊さんの書は手筋を論ずる暇がない。いきなり人の心をうって来る。その一点一劃に精神の力が籠っているのである。その力にうたれてしばらく言葉も出ない時がある。書の技術など全く見えない。うまいまずいはどうでもよいのである。

小生は生書を書く。熟書はいらない。書は巧拙(上手・下手)ではない。
本物は遠回りして本物が生まれる。2012年7月表参道個展開催まで2年。
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by sanmu39 | 2010-08-06 16:53 | 生書 | Comments(0)