木偶坊の美探求流浪記 そして酒場と食と人を求めての旅


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可視化

アメリカの知的雑誌「THE NEW YORKER」の三月号の表紙が衝撃的.
f0181746_8505967.jpg


これは放射能のシンボルマークが桜の花びらになっている。
世界からは、今このような目で日本が見られていることは悲しい。

目には見えない恐怖を可視化した桜などどこにも咲いてはいない。
ただもう日本の安全神話は終わった。

安全安心は目に見えないモノ。
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by sanmu39 | 2011-03-30 08:51 | 人間の旅 | Comments(0)

人間力

生きる力強いメッセージ


以下、立教新座中学・高等学校校長 渡辺憲司氏のメッセージ

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。

 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。
 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。

 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。

 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。

 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。

 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。

 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。

 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。

 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。

 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。

 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。

 「今日ひとりで海を見てきたよ。」

 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。

 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。

 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。

 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。

 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。

 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。

 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。

 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32



 一言付言する。

 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。

 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)

 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。



立教新座中学・高等学校 校長 渡辺憲司
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by sanmu39 | 2011-03-23 09:28 | 人間の旅 | Comments(0)

経験で何かを得る

震災所感

以下、音楽家細野晴臣氏の言葉が印象深くココに掲載。

いいことも悪いことも含んだ雨が降っている。水によって脅かされ、同時に水によって救われる。暴走する原発をなだめるのに先端の技術は無力だった。だから江戸伝統の勇気ある火消しらが決死の出動をしてくれた。彼らが放水を続け、それが功を奏している。そんな水を穢せば自らを苦しめる。その因果を今、世界が体験しているのだ。その一点だけでも、原発に未来は無いと人類は認識できたのだ。コストを気にする人は、今後災害をコストに含めることが必須条件になる。世界がこのままでいいと思うなら、地球にヒトが住む場所はなくなる。日本人は戦争に負けて何かを知った。今回も敗北を経験し、さらに深い大事なことを知った。日本人はこの経験を忘れることはない。(2011/03/21)
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by sanmu39 | 2011-03-22 14:03 | Comments(0)

危機的状況の中の希望

外国人から感動の声続々、村上龍のニューヨーク・タイムズへの寄稿文
ニューヨーク・タイムズのThe Opinion Pageに、作家 村上龍の寄稿文が掲載された。これを読んだタイムアウト東京のエディトリアル・ディレクター、ジョン・ウィルクスは、「とても誠実な文章だと思う。災害について行き過ぎた大げさな報道をしているイギリスのメディアでは見られなかった内容だ。今すぐ彼をハグしたい気持ちだ。」と共感とリスペクトを表した。タイムアウト東京には、ツイッターを通じて、外国人フォロワーから、「涙しました」、「これこそ、今読むべき記事だ」などのメッセージが寄せられている。

震災の後、ネットやツイッターを通じてメディアや個人の発信する様々な情報が錯綜している。多くの人々が、何を信じていいのか、何が真実なのかという不安とこれからの将来への不安に心を悩ませているようだ。村上龍のこの寄稿文は、そういった人たちに安堵と希望をあたえてくれるに違いない。タイムアウト東京では、この素晴らしいメッセージが少しでも多くのみなさんに届いて欲しいという思いから、日本語に翻訳し、ここに掲載する。



危機的状況の中の希望
村上龍


先週の金曜、港町・横浜にある我が家を出て、午後3時前、いつも行く新宿のホテルにチェックインした。普段から私はここに週3~4日滞在し執筆活動やその他の仕事をしている。

部屋に入ってすぐに地震が起きた。瓦礫の下敷きになると判断し、とっさに水とクッキー、ブランデーのボトルをつかんで頑丈な机の下にもぐりこんだ。今にして思えば、高層30階建てのビルの下敷きになったらブランデーを楽しむどころではないのだが。だが、この行動によってパニックに陥らずにすんだ。

すぐに館内放送で地震警報が流れた。「このホテルは最強度の耐震構造で建設されており、建物が損傷することはありません。ホテルを出ないでください」という放送が、何度かにわたって流された。最初は私も多少懐疑的だった。ホテル側がゲストを安心させようとしているだけではないのかと。

だが、このとき私は直感的に、この地震に対する根本的なスタンスを決めた。少なくとも今この時点では、私よりも状況に通じている人々や機関からの情報を信頼すべきだ。だからこの建物も崩壊しないと信じる、と。そして、建物は崩壊しなかった。

日本人は元来“集団”のルールを信頼し、逆境においては、速やかに協力体制を組織することに優れているといわれてきた。それがいま証明されている。勇猛果敢な復興および救助活動は休みなく続けられ、略奪も起きていない。

しかし集団の目の届かないところでは、我々は自己中心になる。まるで体制に反逆するかのように。そしてそれは実際に起こっている。米やパン、水といった必需品がスーパーの棚から消えた。ガソリンスタンドは枯渇状態だ。品薄状態へのパニックが一時的な買いだめを引き起こしている。集団への忠誠心は試練のときを迎えている。

現時点での最大の不安は福島の原発だ。情報は混乱し、相違している。スリーマイル島の事故より悪い状態だがチェルノブイリよりはましだという説もあれば、放射線ヨードを含んだ風が東京に飛んできているので屋内退避してヨウ素を含む海藻を食べれば放射能の吸収度が抑えられるという説もある。そして、アメリカの友人は西へ逃げろと忠告してきた。

東京を離れる人も多いが、残る人も多い。彼らは「仕事があるから」という。「友達もいるし、ペットもいる」、他にも「チェルノブイリのような壊滅的な状態になっても、福島は東京から170マイルも離れているから大丈夫だ」という人もいる。

私の両親は東京より西にある九州にいるが、私はそこに避難するつもりはない。家族や友人、被災した人々とここに残りたい。残って、彼らを勇気づけたい。彼らが私に勇気をくれているように。

今この時点で、私は新宿のホテルの一室で決心したスタンスを守るつもりでいる。私よりも専門知識の高いソースからの発表、特にインターネットで読んだ科学者や医者、技術者の情報を信じる。彼らの意見や分析はニュースではあまり取り上げられないが、情報は冷静かつ客観的で、正確であり、なによりも信じるに値する。

私が10年前に書いた小説には、中学生が国会でスピーチする場面がある。「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」と。

今は逆のことが起きている。避難所では食料、水、薬品不足が深刻化している。東京も物や電力が不足している。生活そのものが脅かされており、政府や電力会社は対応が遅れている。

だが、全てを失った日本が得たものは、希望だ。大地震と津波は、私たちの仲間と資源を根こそぎ奪っていった。だが、富に心を奪われていた我々のなかに希望の種を植え付けた。だから私は信じていく。

原文
www.nytimes.com/2011/03/17/opinion/17Murakami.html

編集部注:小説の場面訳は『希望の国のエクソダス』より






Amid Shortages, a Surplus of Hope


I  SET out from my home in the port city of Yokohama early in the afternoon last Friday, and shortly before 3 p.m. I checked into my hotel in the Shinjuku neighborhood of Tokyo. I usually spend three or four days a week there to write, gather material and take care of other business.

The earthquake hit just as I entered my room. Thinking I might end up trapped beneath rubble, I grabbed a container of water, a carton of cookies and a bottle of brandy and dived beneath the sturdily built writing desk. Now that I think about it, I don’t suppose there would have been time to savor a last taste of brandy if the 30-story hotel had fallen down around me. But taking even this much of a countermeasure kept sheer panic at bay.

Before long an emergency announcement came over the P.A. system: “This hotel is constructed to be absolutely earthquake-proof. There is no danger of the building collapsing. Please do not attempt to leave the hotel.” This was repeated several times. At first I wondered if it was true. Wasn’t the management merely trying to keep people calm?

And it was then that, without really thinking about it, I adopted my fundamental stance toward this disaster: For the present, at least, I would trust the words of people and organizations with better information and more knowledge of the situation than I. I decided to believe the building wouldn’t fall. And it didn’t.

The Japanese are often said to abide faithfully by the rules of the “group” and to be adept at forming cooperative systems in the face of great adversity. That would be hard to deny today. Valiant rescue and relief efforts continue nonstop, and no looting has been reported.

Away from the eyes of the group, however, we also have a tendency to behave egoistically — almost as if in rebellion. And we are experiencing that too: Necessities like rice and water and bread have disappeared from supermarkets and convenience stores. Gas stations are out of fuel. There is panic buying and hoarding. Loyalty to the group is being tested.

At present, though, our greatest concern is the crisis at the nuclear reactors in Fukushima. There is a mass of confused and conflicting information. Some say the situation is worse than Three Mile Island, but not as bad as Chernobyl; others say that winds carrying radioactive iodine are headed for Tokyo, and that everyone should remain indoors and eat lots of kelp, which contains plenty of safe iodine, which helps prevent the absorbtion of the radioactive element. An American friend advised me to flee to western Japan.

Some people are leaving Tokyo, but most remain. “I have to work,” some say. “I have my friends here, and my pets.” Others reason, “Even if it becomes a Chernobyl-class catastrophe, Fukushima is 170 miles from Tokyo.”

My parents are in western Japan, in Kyushu, but I don’t plan to flee there. I want to remain here, side by side with my family and friends and all the victims of the disaster. I want to somehow lend them courage, just as they are lending courage to me.

And, for now, I want to continue the stance I took in my hotel room: I will trust the words of better-informed people and organizations, especially scientists, doctors and engineers whom I read online. Their opinions and judgments do not receive wide news coverage. But the information is objective and accurate, and I trust it more than anything else I hear.

Ten years ago I wrote a novel in which a middle-school student, delivering a speech before Parliament, says: “This country has everything. You can find whatever you want here. The only thing you can’t find is hope.”

One might say the opposite today: evacuation centers are facing serious shortages of food, water and medicine; there are shortages of goods and power in the Tokyo area as well. Our way of life is threatened, and the government and utility companies have not responded adequately.

But for all we’ve lost, hope is in fact one thing we Japanese have regained. The great earthquake and tsunami have robbed us of many lives and resources. But we who were so intoxicated with our own prosperity have once again planted the seed of hope. So I choose to believe.


Ryu Murakami is the author of “Popular Hits of the Showa Era.” This article was translated by Ralph F. McCarthy from the Japanese.
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by sanmu39 | 2011-03-21 16:47 | 人間の旅 | Comments(0)

懐かしCM5

恋は、遠い日の花火ではない。





田中裕子1





田中裕子2

昭和の男と女・・・。
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by sanmu39 | 2011-03-11 07:34 | アートの旅 | Comments(0)

懐かしCM4

自然の恵み・・・昭和






人間が小さくなれば自然はその分だけ大きくなる
大きな自然は小さな人間に溢れるばかりの恵みを与えてくれる
こうやって森に住む人間が小さくなっていってあのニングルやコロポックルの伝説が
生まれたのかもしれない 大きな自然と小さな人間に乾杯

森の声が少年の耳に何かを囁いた
一日ががりでこんなのを造ってしまった
こういうところを見て暇ねとかカワユイとかぬかすやつにこの気持ち判られてたまるか
俺は大人の少年だ オールドボーイだ だからサントリーオールドを飲む

四万十の流れは青く澄みきっていた
わしらは川に余計な手出しをせんことじゃ
そうすれば魚も鳥も人間もみんな仲ようやってゆける・・・と川漁師のおじさんが言った
ここには日本の味覚があった 日本のウィスキーがあった サントリオールド
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by sanmu39 | 2011-03-10 08:10 | アートの旅 | Comments(0)

懐かしCM3

父と娘・・・昭和です















昭和の薫り。父と娘いいですね・・・。
今宵はSUNTORY OLD WHISKY で・・・。
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by sanmu39 | 2011-03-09 07:44 | アートの旅 | Comments(0)

懐かしCM2

人生みな兄弟







息子よ、
お前もすでに二十歳(はたち)を過ぎた。
やかましいことは言わん。

しかし、
くわえタバコで人混みをあるくな。
この街は
田んぼの一本道ではない。

ガールフレンドは母さんだけではなく、
父さんにも紹介しなさい。
それが仁義だ。

それから、
母さんとあまり寄り添って歩くな。
あの母さんは、
東京オリンピックの年、
3人のライバルから
父さんが勝ち取った人なんだ。

俺の女だ。
なんて、酔ったかな。
せがれ、がんばれ。
いい気分の大人になれよ。
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by sanmu39 | 2011-03-08 15:21 | アートの旅 | Comments(0)

懐かしCM1

明日がある








微笑みがある 喜びがある
愛がある 寛ぎがある

歌がある 涙がある
夢がある 安らぎがある

ため息がある そしてまた明日がある
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by sanmu39 | 2011-03-07 15:46 | アートの旅 | Comments(0)