木偶坊の美探求流浪記 そして酒場と食と人を求めての旅


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会津若松を訪ねて<福島県会津若松市>

古墓から教えを感じるもの

会津・蒲生氏郷(がもううじさと)の墓が会津若松市神明通りの東裏「瑞雲山興徳寺」の本堂東側にある。天正18年(1590)天下統一を果たした豊臣秀吉は織田信長にも仕えた戦国武将の氏郷を奥羽の押さえとして会津に封じた(織田信長の次女の冬姫と氏郷を結婚させ娘婿として迎えた間柄)。氏郷は黒川といったこの町を郷里(滋賀県日野町)の森の名にちなみ「若松」と名づけた。また鶴ヶ城や城下町を整備し、漆器産業を植えつけ文化興隆にも力を注いだ。しかし会津の領主となって僅か5年後に文武両道に秀でた氏郷も病のため京都(京都大徳寺黄梅院に本墓)で不帰の人となった。会津の蒲生氏郷の墓は「空・風・火・水・地」の五文字を刻した五輪塔で氏郷没後の翌年子息の蒲生秀行によって建塔された五輪塔(墓)である。京都大徳寺の本墓から分骨(遺髪が収められている)したものと伝えられる。
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五輪塔について
五輪塔とは仏塔の一種で、仏塔の形が上から宝珠形=空輪、半月形=風輪、三角形(または笠形、屋根形)=火輪、円形=水輪、方形=地輪によって構成され、古代インドにおいて宇宙の構成要素・元素と考えられた五大を象徴するものである。

密教の思想で
空-天空(そら)のことであり、また、仏教の思想の空のことでもある
風-成長、拡大、自由を表す
火-力強さ、情熱、何かをするための動機づけ、欲求などを表す
水-流体、無定形の物、流動的な性質、変化に対して適応する性質
地-大地・地球を意味し、固い物、動きや変化に対して抵抗する性質


時間が止まった感を感じる、宇宙をも入る奥深い思想ではないか。
by sanmu39 | 2008-09-29 11:11 | 日本古禮の旅 | Comments(0)